目次
1.はじめにー世界遺産・富士山の概要ー
この記事では、世界文化遺産「富士山―信仰の対象と芸術の源泉」の全体像について紹介します。内容としては、世界遺産に認定された理由と、構成資産が分布するエリアの特徴について解説します。具体的な構成資産については別の記事で解説していますので、そちらを参照してください。
「富士山―信仰の対象と芸術の源泉」は2013年にユネスコの世界文化遺産に登録され、国内では「平泉‐仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群」に続き17例目の世界遺産です。
構成資産は合計で25存在し、富士信仰を今に伝える神社や登山道、山中湖や忍野八海といった湖沼群など、多岐にわたります。後述しますが、構成資産は「富士山域」と「周辺地域」という分布エリアに分けて登録されています。
富士山の成り立ち
富士山は静岡県と山梨県にまたがって存在する活火山です。3,776mの高さを誇る日本の最高峰として知られており、独立した成層火山(複数回の噴火によって円錐状に形成された火山)であることから、山体そのものも目立つ姿となっているのが特徴です。
富士山の山体は、富士火山(新富士・古富士)、小御岳火山、先小御岳火山の3つの火山体から構成され、これら3火山は地質構成も異なっています。
小御岳火山
現在の富士山周辺一帯は数百年前から火山活動が活発な地域でした。
約70万年前に現在の富士山の位置で小御岳火山(こみたけかざん)が活動を始めたことが判明しているほか、近年の研究によって、小御岳火山以前に噴火した先小御岳火山(せんこみたけかざん)があったこともわかっています。
小御岳火山の山体は現在の富士山北斜面の五合目に露頭しており、富士山の成り立ちの一部を感じることができます。
古富士火山
小御岳火山が休止状態になった後、約10万年前からは新たな活動時期に入り、噴火活動が活発化していきます。この時期は古富士火山(こふじかざん)と呼ばれ、特に爆発的な噴火をしたことが特徴です。古富士火山は大量の岩や火山灰、溶岩を噴出することで、現在に繋がる標高3000m級に達する大きな山体を形成していきました。
また、この時期の噴火で噴出した火山灰は、関東地方を中心に広く散布され、「関東ローム層」と呼ばれる土壌をつくっています。
新富士火山
その後、1万年程前からは古富士火山の活動が多量の溶岩を流す噴火へと変化、古富士火山の火口と近い所から多量の玄武岩溶岩を吹き流し、新富士火山(しんふじかざん)の活動が始まりました。
新富士火山はそれまでにあった小御岳と古富士の両火山を玄武岩溶岩で幾重にも覆い、それによって裾野が広く巨大な山体を持ち、海抜3776mの高さを持つ現在の姿が出来上がりました。
その後、富士山は文字による記録がはじまって以降も噴火を繰り返していきます。西暦700年代に山麓で降灰があったという記述をはじめ、奈良時代から平安時代にかけては噴火が活発化しました。また、江戸時代中期の噴火では、麓の町や江戸にまで降灰の被害をもたらした記録が残されています。
2.世界遺産に登録された理由
この章では、富士山がどのように評価されて世界遺産に登録されたのかを紹介します。
世界遺産の評価基準は10個あり、世界遺産に認定されるには最低1つ以上の基準を満たす必要があります。富士山はこれらの基準のうち、下記2つの基準を満たしたことで世界文化遺産に認定されました。
- 現存するか消滅しているかにかかわらず、ある文化的伝統又は文明の存在を伝承する物証として無二の存在である。(価値基準3)
- 顕著な普遍的意義を持つ芸術作品との直接的・有形的な関連性。(価値基準6)
ここからはそれぞれの価値基準を満たした理由について説明していきます。
「富士山信仰」という山岳に対する固有の文化的伝統を評する証拠
(該当価値基準3:現存するか消滅しているかにかかわらず、ある文化的伝統又は文明の存在を伝承する物証として無二の存在である)
富士山が世界遺産に登録された理由として、神仏が住まう山として信仰の対象となってきた歴史と共に、噴火への恐れや豊かな湧水への感謝を併せ持つ伝統が育まれてきたことが挙げられます。
特に、富士山への信仰を表すものとしては、富士山麓を中心に日本全国に見られる浅間神社や、神仏習合による富士山山頂部を仏の世界とする信仰が発展しました。このほかにも、江戸時代には「富士講(ふじこう)」や富士詣などの民衆信仰も広がりを見せました。
顕著な普遍的意義を持つ芸術作品との直接的・有形的な関連性
(該当価値基準6:顕著な普遍的意義を持つ芸術作品との直接的・有形的な関連性)
富士山は信仰の対象だけでなく、その優美で雄大な姿から様々な芸術作品の題材としても親しまれてきました。
古くから景勝地として親しまれてきた富士山は、「万葉集」や「竹取物語」をはじめ、数多くの文学作品の題材となっただけでなく、富士信仰の高まりとともに宗教画に描かれました。
富士山とその芸術作品は徐々に人々の間に浸透していき、鎌倉時代には現在見られるような三角形に抽象化された富士山が描かれるようになり、江戸時代には宗教画としての枠を越えて、個性的な魅力を放つ題材として浮世絵などに描かれることも多くなっていきました。葛飾北斎の「富嶽三十六景」や、歌川広重の「東海道五拾三次」はその代表的なものです。
そして、浮世絵の富士山は日本国内だけでなく、海を越えて西洋の芸術にも多大な影響を与え、西洋に「ジャポニズム」と呼ばれる風潮を巻き起こすきっかけをつくり、日本や日本の文化を象徴する記号として広く海外にも定着しました。
3.構成資産の分布とエリアごとの特徴
ここからは、構成資産の特徴について説明します。世界遺産としての富士山は二つに分類されます。1つは富士山域に関するもので、もう一つは富士山の周辺地域(周辺神社・巡礼地)のものに分かれます。
構成資産の一覧は以下の通りで、富士山が1つの構成資産であり、山域にある9の構成要素と呼ばれる史跡や湖などが含まれています。加えて、山麓の神社や巡礼地を含んだ周辺地域にある24の構成資産を合わせ、合計25の資産が登録されています。
No. | エリア | 構成資産 |
---|---|---|
1 | 富士山域 | 富士山 |
1-1 | 富士山域 | 山頂の信仰遺跡群 |
1-2 | 富士山域 | 大宮・村山口登山道(現 富士宮口登山道) |
1-3 | 富士山域 | 須山口登山道(現 御殿場口登山道) |
1-4 | 富士山域 | 須走口登山道 |
1-5 | 富士山域 | 吉田口登山道 |
1-6 | 富士山域 | 北口本宮冨士浅間神社 |
1-7 | 富士山域 | 西湖 |
1-8 | 富士山域 | 精進湖 |
1-9 | 富士山域 | 本栖湖 |
2 | 周辺神社・巡礼地 | 富士山本宮浅間大社 |
3 | 周辺神社・巡礼地 | 山宮浅間神社 |
4 | 周辺神社・巡礼地 | 村山浅間神社 |
5 | 周辺神社・巡礼地 | 須山浅間神社 |
6 | 周辺神社・巡礼地 | 冨士浅間神社(須走浅間神社) |
7 | 周辺神社・巡礼地 | 河口浅間神社 |
8 | 周辺神社・巡礼地 | 冨士御室浅間神社 |
9 | 周辺神社・巡礼地 | 御師住宅(旧外川家住宅) |
10 | 周辺神社・巡礼地 | 御師住宅(小佐野家住宅) |
11 | 周辺神社・巡礼地 | 山中湖 |
12 | 周辺神社・巡礼地 | 河口湖 |
13 | 周辺神社・巡礼地 | 忍野八海(出口池) |
14 | 周辺神社・巡礼地 | 忍野八海(お釜池) |
15 | 周辺神社・巡礼地 | 忍野八海(底抜池) |
16 | 周辺神社・巡礼地 | 忍野八海(銚子池) |
17 | 周辺神社・巡礼地 | 忍野八海(湧池) |
18 | 周辺神社・巡礼地 | 忍野八海(濁池) |
19 | 周辺神社・巡礼地 | 忍野八海(鏡池) |
20 | 周辺神社・巡礼地 | 忍野八海(菖蒲池) |
21 | 周辺神社・巡礼地 | 船津胎内樹型 |
22 | 周辺神社・巡礼地 | 吉田胎内樹型 |
23 | 周辺神社・巡礼地 | 人穴富士講遺跡 |
24 | 周辺神社・巡礼地 | 白糸ノ滝 |
25 | 周辺神社・巡礼地 | 三保松原 |
富士山域の構成資産
上記の通り、富士山域においては富士山が1つの構成資産であり、山域にある9の構成要素と呼ばれる史跡や湖などが含まれています。(地図上では構成要素を表記)
富士山の標高1,500m以上の神域と考えられてきたエリアが中心となっています。特に山頂部には浅間大社奥宮や久須志(くすし)神社、石仏群といった構成資産が点在しており、これらが「山頂の信仰遺跡群」として世界遺産となっています。なお、標高1,500m以上の地域は数多くの芸術作品の中で描かれてきたことが資産範囲となった理由の一つとなっています。
また、山麓各地からの登山道(図中の登山道は一例)が含まれているほか、色濃く自然が残されていることから富士五湖のうち西湖(さいこ)、精進湖(しょうじこ)、本栖湖(もとすこ)の三湖が富士山域の資産と含まれています。
周辺地域の構成資産
富士山周辺地域(周辺神社・巡礼地)の世界遺産には、24の構成資産があり、富士山を取り囲む神社や巡礼地の多くが登録されています。(地図上では忍野八海の8つの池をまとめて表記)
神社については、浅間大社の起源であり総本宮でもある富士山本宮浅間大社をはじめ、各登
山道の起点となり、富士修験や富士講の拠点ともなった村山や須山など各地の浅間神社が登録されています。
これらのほかには巡礼文化にまつわるものとして、民衆信仰である富士講の人々を案内、世話した御師(おし)の住宅や、富士山登拝前の穢れを祓う場であり、さらに巡礼地でもあった山中湖や河口湖、忍野八海などの湖沼群も構成資産となっているほか、船津や吉田の胎内樹形や、人穴富士講遺跡といった洞窟そのものが世界遺産の登録資産となっているものもみられます。
ほかにも、海と砂浜と富士山を同時に望める三保の松原は古来から景勝地として知られており、数々の和歌や日本画の題材として親しまれた点が評価、登録されています。
5.おわりにー訪問する上でのポイントー
ここまで世界遺産・富士山の全体像について紹介しました。
富士山は構成遺産の範囲が広大であること加えて、神社、登山道、湖など資産の種類も多岐にわたっていることが大きな特徴です。
それら全てを一度に周遊する機会はないと考えられますが、どのような資産が登録されているのか全貌を知っておくと、実際に訪問した際に富士山にまつわる歴史や文化を幅広く理解できるのではないでしょうか。
このブログでは合計で25ある構成遺産の特徴をより詳しくまとめた記事も掲載していますので、そちらもあわせて参照してください。